精神科医の禅僧が語る「マインドフルネス」がいまこそ大事な理由(前編)

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精神科医と臨済宗建長寺派林香寺住職をされており、マインドフルネスの通信講座の監修・書籍の執筆をされている川野泰周先生。日本に息づく仏教、禅の精神と、欧米を中心に世界で親しまれているマインドフルネスの普及に邁進されています。

 

そんな川野先生が、モチベーションサーベイ「Attuned」とマインドフルネスには、似た思想があるとおっしゃいます。川野先生の活動とともに、マインドフルネスを私たちが日常に取り入れることの意義、Attunedとの関連性についてお聞きしました。

 

川野泰周先生のホームページ

講演やメディア出演の情報、瞑想継続の助けとなるようなコンテンツを提供している。

https://thkawano.website/


 ――まずは読者に向けて自己紹介をお願いします。

 

私は臨済宗建長寺派林香寺の19代目として生まれました。いずれはお寺を継ぐつもりでいましたが、臨済宗という禅の一派で営まれる行事や法要に関わらせていただくなかで、人間の心に関する探究心が強まりました。そこで精神科医としての臨床に携わることを決めたのです。当時の精神科の治療は薬物療法が中心で、心理療法は補助的な役割でした。症状を緩和させ治癒に向かわせるために薬物療法はとても大切です。ただ、人の心の持ち方を良いほうに修正していくことに希望を見出していた私は、そこに難しさを感じました。

 

ところが、その後3年半の修行生活を送り、坐禅や瞑想を通じて、「いま・ここ」に意識を向けられるようになっていきました。2014年から横浜にある臨済宗建長寺派林香寺の住職となるのですが、並行して週に何回か、精神科の外来診療も再開しました。すると不思議なことに、修行にいく前よりも目の前の患者さんの気持ちにフォーカスしやすくなったことを感じました。それはなぜなのかと紐解くと、日本の宗教に根付いてきたマインドフルネスである禅を3年のあいだ体験させていただいたからではないかと気づいたのです。マインドフルネスとは、誰でも「いま、この瞬間に集中する状態」になることのできる、瞑想を含む心の調整法のことです。

 

修行というハードな経験をしなくても、一般の方向けのマインドフルネスを体得できる機会があれば、心穏やかに生きられる人が増えるのではないか。そうした願いのもと、通信教材を手掛ける企業と連携し、日本人の生活に即したマインドフルネスの通信講座を開発、また書籍に関してもビジネスパーソン、育児や家事に取り組む方、高齢者の方など、様々な背景を持った読者に向けて執筆してまいりました。

 

――現在、多くの日本人が新型コロナウイルスの影響もあり、情報の波にのまれ、生活の変化に適応するのに疲れている人が増えてる気がします。こうした疲労が起きている背景と、その対処策についてお聞かせいただけますか。

 

そうですね。現在はさまざまな情報に右往左往し、心が疲弊している人が多いのではないでしょうか。なぜかというと、自分の存在理由と呼べる「自己の本分」を見失いかけているからではないでしょうか。心の幹を失ってしまうと、情報を取捨選択する際に、「この情報は自分にとってなぜ必要なのか」がわからなくなってしまう。こうした状態から脱するには、まずは自分の心を「見える化」すること、つまり「気づき(アウェアネス)」を得ることが大事だと考えています。そして、この気づきを促すのがマインドフルネスなのです。

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――川野先生が広めていらっしゃるマインドフルネスの効用は、どのようなものですか。

 

マインドフルネスがもたらすのは、「気づき(アウェアネス)」と「受容(アクセプタンス)」。呼吸に意識を向ける瞑想など、マインドフルネスの実践を続けることで、感覚が鋭敏になり、感性が養われる。呼吸を観察する力が高まるとメタ認知の力が磨かれていく。すると、自分自身がどのような心の状態なのかに気づき、それを善悪の判断なしに、ありのまま受け入れられるようになります。

 

ポイントは「気づき」だけでなく「受容」も必要ということです。この数年、「生まれつき非常に感受性が強く敏感な気質もった人」という意味で、「Highly Sensitive Person(ハイリー・センシティブ・パーソン)」、通称HSPという言葉が認知されるようになりました。HSPの性質をもっていて生きづらさを感じている状況は、いわば過度に「気づき」に重心が置かれていて、「受容」が足りていない状態といえるかもしれません。私はこうした方たちにも、「気づき」を温めながらも「受容」を育む手段として、マインドフルネスを活用していただく取り組みを続け、多くの方から喜びの声をいただいています。

 

「気づき」と「受容」の両方が伴うと、自分のやりたいことが明確になり、それがモチベーションの源泉になる。神経科学の研究によると、瞑想によって脳は「セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク」という、目的志向型の思考モードに切り替わることがあるそうです。このネットワークが活発化すれば、忙しくても疲れを感じることなく目の前のことに没頭できる「フロー状態」に入りやすくなりますとも考えられています。

 
 

 

もう1つのマインドフルネスの効用として、セルフ・コンパッション(自慈心)が高まるという点が挙げられます。自分をいたわる習慣ができると、結果的に他者へのコンパッション(慈悲)も自然と湧いてくる。そうしてより利他的になるのです。こうして、自分と他者両方へのコンパッションをもてる人は、大乗仏教の根本理念の一つである、「自利利他円満(じりりたえんまん)」を体現している人だといえます。2010年代にはシリコンバレーに拠点をおくグーグルがマインドフルネスの効用に気づき、それを広げていきました。そして近年は、ハーバード大学、テキサス大学、スタンフォード大学といった名立たる学術機関が「セルフ・コンパッション」の重要性に関する研究を進めていますが、今後もこのテーマがますます注目されるでしょう。

 

――モチベーションサーベイ「Attuned」についての感想をお聞かせいただけますか。

 

「Attuned」は、科学的な知見をもとに、人が大切にしている価値観やモチベーションの源泉を明らかにします。同時に、その価値観を組織内のメンバーで共有し、理解し合えるように促している。これは「気づき」と「受容」を重視するマインドフルネスとの共通項といえます。知性と感性両方のアプローチを大事にし、「現在生きている人が活かせるようにする」という姿勢もマインドフルネスと通じていると感じています。

 

私自身が大事にしているのは、医学や神経科学の知見と仏教に根づいてきたマインドフルネスの実践を連携させ、ビジネスパーソンが取り入れやすい形で広めていくこと。医療、宗教、ビジネスという3つの領域をつなぐ懸け橋になることをめざしています。少し大それたことと思われるかもしれませんが、私の本当のミッションは世界平和に貢献することです。平和な世界を築いていくには、「気づき」と「受容」両方の重要性を広めていくことが欠かせないと考えています。

 

後編につづく

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松尾美里
日本インタビュアー協会認定インタビュアー/ライター

Attunedのブログ記事作成を行う傍ら、株式会社フライヤーにて経営者、著者へのインタビューを行う。 現在、自身のライフミッションとして「キャリアインタビューサービス」の活動を行う。面白い生き方の実践者に話を聞き、その魅力を発信している。 また、70名の生き方をまとめたブログ「教育×キャリアインタビュー」の著者でもある。

 

Misato Matsuo