精神科医の禅僧が語る「マインドフルネス」がいまこそ大事な理由(後編)

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精神科医と臨済宗建長寺派林香寺住職をされており、マインドフルネスの通信講座の監修・書籍の執筆をされている川野泰周先生。日本に息づく仏教、禅の精神と、欧米を中心に世界で親しまれているマインドフルネスの普及に邁進されています。

 

そんな川野先生が、モチベーションサーベイ「Attuned」とマインドフルネスには、似た思想があるとおっしゃいました。後編では、個人が孤立感を覚えやすい現状において、どんなマインドフルネスの実践が大事になるのか、メンバー同士のつながりや目的を継続的に感じられる組織になるにはどうしたらいいのかを中心にお聞きします。

 

川野泰周先生のホームページ

講演やメディア出演の情報、瞑想継続の助けとなるようなコンテンツを提供している。
https://thkawano.website/

 
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 ――現在は、ステイホームが推奨されており、個人が孤立感を覚えやすい世の中になっているように感じています。この状況に対応するために、どのようなマインドフルネスの実践が必要になりますか。

 

在宅の日が増え、仕事やプライベートでの人との関わりが減ったために孤立感を覚えているという方は少なくありません。ただもし、他者と関わらないことに過度に寂しさや苦しさを感じて前向きになれないという方がいらしたら、その方は「誰かといることで自分自身の価値を感じることができる」という心の性質を持った方かもしれません。自分で自分の価値を感じることが苦手で、人から価値を確証されてはじめて、自らの存在価値を感じることができる傾向です。人から頼られたり称賛されたりしているかによって、自分の価値を規定する状態を、「セルフエスティーム(自尊感情)」優位と呼びます。

 

これと対極的なのが、自分の価値を自分で認めることができていて、「いま、こうして生きていることがありがたい」と感じられている状態です。自分を思いやり慈しむ心、つまり自慈心(じじしん)の高い状態で、これを「セルフコンパッション」優位といいます。自己肯定感が高い方はセルフエスティームとセルフコンパッションの双方が、バランスよく育まれた状態であると考えられます。

 

セルフエスティームだけが高くてセルフコンパッションが育っていない方の場合、人から切り離された状態にいると、自分の価値が崩れ去ったように感じられやすい。また、何かミスをしてそれを指摘されたときに、その人に対して攻撃的になったり過度に自責の念に駆られてしまったりします。一方、自慈心が育っていれば、他者の言葉によって自分の存在価値を担保する必要がない。そのため、一時的には落ち込んでも、建設的に状況を改善する方法を考えようとできるのです。

 

もちろん孤独感を覚えていることが悪いわけではありません。いまがセルフコンパッションを育てるチャンスだと捉えましょう。「孤独を感じているのは、これまで色々な人に支えられてきたからだ。その人たちに恩返しをしよう」と、他にも寂しさを感じている人に思いやりを向けることもできます。そうすることで、自分にも他者にも思いやりをもてるようになり、「自利利他円満」の実現に近づくのではないでしょうか。

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――ウィズコロナの時代にはリモートワークの普及などの変化に伴い、新しい精神的ストレスが生まれる可能性があると考えています。組織はどのような精神的健康面の課題に気づいておくべきでしょうか。

 

心理的ストレスは、今を生きる私たちにとって避けることのできないものです。そのストレスを一人で抱え続けることで、心の不調をまねくケースも少なくありません。こうした状況を組織の中で防いでゆくために、まず各メンバーのことを理解するための対話がこれまで以上に重要になります。たとえば、その人はどのような業務に取り組むときにやりがいを感じているのか。これをリーダーが認識しておくことが大切です。定型業務を忠実にこなすことに喜びを見出す人もいれば、色々なステークホルダーの調整を行い、人を動かすことにやりがいを感じる人もいます。こうした「働くモチベーション」や価値観を知るには、zoomなどのオンライン会議システムの画面越しでもいいので、心を開いた対話やワークショップ行うことが大事になると考えています。マインドフルネスの実践は、チームのメンバーがやりがいを持って働けているか、その心の在りようを機敏に感じ取るアウェアネスを育んでくれますから、リーダーシップを求められる立場の方にも大変有用です。

 
 

 
――チームのメンバー同士が対面する機会が減っても、つながりや組織の共通の目的を継続的に感じられるようになるにはどのようなことが有効でしょうか。

 

セルフアウェアネス(自分への気づき)とともに、セルフアクセプタンス(自己受容)の力を養っていくことです。その両者を備えた状態とは、まさにセルフコンパッションに満ちた状態であり、他者に自己を開示しようというオープンな心が育まれていきます。セルフコンパッションの高い人たちが同じ時間や場所を共有していると、そこには自然と「サンガ(僧伽)」が生まれます。これは仏教の修行で大事にされている概念であり、同じ精神を共有して取り組む仲間のことです。メンバーが一体感をもって、同じ目標に向かい切磋琢磨できる環境を作るために、セルフコンパッションは大きく寄与するはずです。

 

サンガを促すために、修行をする人たちは、輪になってすわり瞑想します。円を描くように皆が対面してすわるのは、誰もが優劣なく対等であるということを共有するためです。そして、瞑想後の感想を開示し合います。急に自分の内面について話すのは気が引けますが、瞑想の感想なら自分の気持ちを素直に伝えやすい。もちろん対話するテーマは瞑想に限る必要はありませんし、こうした自己開示の場であれば企業でも取り入れられるのではないかと思います。

 

――今後、プロジェクトベースの働き方が増えるにつれ、企業が社会で果たす役割も問い直されていくと考えています。働く個人にとっての企業の意義とはどのようなものだとお考えですか。

 

働く人に対する企業の意義は2つあると思っています。1つは、「目的や目標の共有」です。その組織が何のために存在しているのかが明確で、組織に属するメンバーに伝わっているかどうか。私が川崎市の総合病院に勤めていたとき、「川崎市民の健康を守っている」という存在目的がスタッフのモチベーションになっていました。リーダーが組織の目的や目標を折にふれて伝えていると、一丸となって力を発揮しやすくなります。こういった形で人のモチベーションやエネルギーを引き出せるのは組織の大きな意義といえます。これを測る指標になるのが、直接商品やサービスに関わらない人のモチベーションです。たとえば人事総務系の人のモチベーションで、企業の風通しや目的の共有度合いがわかります。

 

2つめの意義は、先ほども紹介した「サンガ」を生み出すことです。サンガが機能している組織では、誰か調子の悪そうなメンバーがいれば、他のメンバーはそれを助けることに喜びを覚えます。サンガの度合いを測る指標になるのは、営業部門で働く人のモチベーションです。数値目標を課され、メンバー間の競争が起きやすい部門でも、協力し合って共生する風土があれば、サンガが機能しているといえます。

 

「目的や目標の共有」と「サンガ」。両方を実現している企業を増やすために今後も、働く人たちに向けた研修やワークショップ、講演などを続けていきたいと考えています。

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松尾美里
日本インタビュアー協会認定インタビュアー/ライター

Attunedのブログ記事作成を行う傍ら、株式会社フライヤーにて経営者、著者へのインタビューを行う。 現在、自身のライフミッションとして「キャリアインタビューサービス」の活動を行う。面白い生き方の実践者に話を聞き、その魅力を発信している。 また、70名の生き方をまとめたブログ「教育×キャリアインタビュー」の著者でもある。

 

Misato Matsuo