『モチベーション3.0』〜現状を打破する”内発的動機”への理解
【書籍レビュー】
2010年に発刊された『モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか』(ダニエル・ピンク講談社2010)は、10年の時を経てもその内容が色褪せるどころか、その予言が現実に色濃く反映されていると感じられる。
ガムシャラな働きかた、労働時間と連動した報酬は右肩上がりの労働闘争時代の遺物だ。「失われた20年」に青年時代を過ごしたY世代、Z世代の関心はそこにはない。
Y世代、Z世代は、もちろん豊かな生活を送れる程度の賃金は必要であるとの認識だが、働くことの意味ややりたいことの実現に移行している。
これが意味するのは、会社員であっても自身のキャリアを自ら決定するという意識づけが重要であるということ、また自ら内発的に動機づけることができない人はまさに歯車に成り下がってしまうということだ。
それだけに、企業は優秀な従業員を引きつけておくため、労働者の内発的動機を引き出し、それを高める工夫が必要。Googleのようなトップ企業が労働環境整備に力を入れるのはこのためなのだ、と理解できる。
【著者について】
ダニエル・ピンク
1964年生まれ。米国ノースウエスタン大学卒業後、イェール大学ロースクールで法学博士号取得。米上院議員の経済政策担当補佐官を務めた後、クリントン政権下でゴア副大統領の首席スピーチライターなどを務める。フリーエージェント宣言後、経済変革やビジネス戦略についての講義を行うかたわら、「ワシントン・ポスト」「ニューヨーク・タイムズ」などに寄稿。著書に、『ハイ・コンセプト』(三笠書房)、『人を動かす、新たな3原則』(講談社)など。
https://www.youtube.com/watch?v=YcJJYQB0mY0&feature=emb_title
【要点】内発的動機に基づいて個人と組織を強化する
人のやる気を起こさせるものーそれは「現金」などの報酬や賞罰による「アメとムチ」であるとの思い込みに我々は長らく支配されてきた。しかし、人の内面から湧き出る「やる気」すなわち内発的動機に基づいて組織を強化し、クリエイティブクラスの個人の人生を高める時がきているというのが本書の主張。
要点① モチベーションの種類
人のモチベーションを、本書では3段階に分けて説明している。<モチベーション1.0>とは、生物としての人間が野生生物から身を守るなどの生理的欲求に基づく行動決定のこと。<モチベーション2.0>とは、工業社会の中で育まれた企業と人との関係、労働と結びついた報酬に根差している。MBO(目標管理制度)による信賞必罰のシステムは企業にとって使い勝手がよく長年使われ続けている。また、外部報酬は脳に依存を形成する習慣の一つであるが故に、労働者は自ら選択をしようとしなければどんなに理不尽なことでもやり続けてしまう。
要点② モチベーション2.0とモチベーション3.0の違い
<モチベーション2.0>の行動を本書では、「タイプX」(Attuned注:eXtinct Motivationのことだと思われる;外部動機)と名づけている。タイプXの行動は、内部からの欲求というより外部からの欲求によってエネルギーを得る。
一方、 本書では<モチベーション3.0>の行動原理は「タイプI」(Attuned注:Instrinct Motivationのことだと思われる;内発的動機)と名づけており、内部からの欲求をエネルギーの源とし、活動そのものから得られる満足感と結びついている。
要点③ 「内発的動機づけ」の時代
企業や人生の何かがおかしいと戸惑いを覚えるなら、個人や組織はタイプXからタイプIへの移行が必要である。
つまり、内発的動機づけについて考える必要があるということ。
タイプIの行動の3要素
①自律性:自らの意思で行動を決める
自律は独立とは違い、自ら選択をして行動すること。他者からの制約を受けずに行動できる一方で、他者と円満に相互依存もできる。
自律性は、個人のパフォーマンスや姿勢に強い影響を与える。行動科学の研究では、自律的なモチベーションによって、全体的な理解が深まる、成績が向上する、学校生活やスポーツで粘り強さが強化される、生産性が上がる、燃え尽き症候群が少なくなるなど精神に大きな改善。
「十分な給与を払わなければ、社員は会社から離れていく。しかしそれにもまして、金銭は人に意欲を与える要因ではない。お金よりも重要なのはクリエイティブな人を惹きつける仕組み」(p.164)
タイプIの行動は、以下の4つのTー課題(Task)、時間(Time)、手法(Technique)、チーム(Team)に関して自律性を得たときに現れる(p.164)
②マスタリー(熟達):意義あることの熟達を目指して、打ち込む
複雑な問題の解決には、探究心と新たな解決策を試そうとする積極的な意思が必要だ。タイプIは、物事に熟達することを可能にする。(p.193)
個人が充実感を得るためには、管理する側の要求を満たすだけでは十分ではないにもかかわらず、職場や学校では過剰に従順な態度を求められエンゲージメントはほとんど求められない。(p.194)
マスタリーの3つの法則。1.マインドセット(心の持ち方)、2.苦痛(根性)、3.漸近線(近づくことはできるが達することができない)(p.207)
③目的:さらなる高みへの追求を、大きな目的へと結びつける
タイプIは、利益を否定はしないが、「目的の最大化」を同じくらい重要視する。金銭以外の様々な要因ー「素晴らしいチームと仕事ができる」「仕事を通じて社会に還元できる」など。(p.231)
「目的」「大義」「持続可能な」といった言葉は、タイプXの目的とは異なっている。タイプXの目標は、「効率性」「メリット」「価値」「優位性」「イシュー」「差別化」のような言葉で表される。(p.237)
【実験のまとめ】
①クリエイティビティと報酬の関係(p.88)
1940年代に心理学者のカール・ドゥンかーが考案した実験。木製の壁に寄せられたテーブルにつき、ロウソク、画鋲、マッチを手渡される。実験の参加者は、ロウがテーブルに垂れ落ちないようにロウソクを壁につけなければならない。
多くの人は画鋲でロウソクを壁に留めようとするがうまくいかない。しかし、5〜10分でほとんどの人は解決策を見つける。
画鋲の入れ物の箱の機能を発見し、ロウソク台として使うというものだ。
実験者は、報酬を支払うグループと支払わないグループで、解決に要する時間を比較した。
すると、報酬を支払ったグループでは3分半長くかかった。
→外的な報酬がクリエイティブな思考の邪魔になることを証明した実験。
89ページの図を引用
②仕事への没頭する状態を抽出(p.198)
チクセントミハイは、1日に8回、無作為の感覚でポケベルを鳴らして、被験者がそのときに何をしていたか、誰と一緒にいたか、どんな精神状態か、7日間にわたって記録してもらった。
人生で最高の、最も満足できる経験は「フロー状態」の時だったことがわかる。課題は簡単すぎず、難しすぎない、しかし現在の能力よりも1、2段高く、努力がなければ到達できないレベルのことを無意識にやっているような、心身を成長させるとき。このバランスが、その他の月並みな体験とは全く異なるレベルの集中と満足感を生み出していることがわかった。
③充実した人生の調査(p.242)
ロチェスター大学を卒業した学生の1〜2年後を追跡した調査。
学生時代に目標試行型の目標を持ち、それを成し遂げつつあると感じているものは、大学時代よりも大きな満足感と主観的幸福感を抱き、不安や落ち込みは極めて低いレベルだと報告された。
利益指向型の目標を抱いていたものの結果は、学生時代よりも満足感や自尊心、ポジティブな感情のレベルが増しているわけではなかった。目標を達成しているにもかかわらず、不安、落ち込み、その他のネガティブな指標が強まっていた。
【内発的動機を活用するTips】
ルーチンワークでの報酬の用い方(p.120)
その作業が必要であることを論理的に説明し、面白みのない仕事でも大きな意味のあることであると伝える
•その仕事が退屈だと伝え、共感した上で、意味のあることであることを理解してもらう
•管理するのではなく目標達成を自律性に任せ、参加者に自由にやってもらう
クリエイティブな仕事での報酬の用い方(p.124)
基本的な報酬を保証し意欲を引き出す環境を整える
スタッフにとって報酬が予期されず業務完了後にそれを伝える
「感動的で以前よりも魅力的なものを制作したら10%の割増を支払う」のように条件付きの報酬は逆効果を生む
•フィードバックや有効な情報を与えるなど、具体的でない報酬を検討する
128ページの図を引用
モチベーションを目覚めさせるツール(p.252)
本書では、モチベーションを起動させるための個人用、組織用にそれぞれ9つの戦略が述べられている。
個人用ツールキット
フローテストの受験
大きな問いかけをする
小さな質問を問い続ける
サグマイスターを取る
自分自身の勤務評定を行う
オブリーク・ストラテジーズで行き詰まりから抜け出す
マスタリーへ近づく5ステップ
ウェバーに倣い、カードを使う
自分用のモチベーショナル・ポスターを作る
組織用ツールキット
補助輪付き<20%ルール>を試してみる
同僚間で「思いがけない」報酬を推奨する
自律性をチェック
コントロールを手放すための3ステップ
「目的は何か?」と問いかける
ライシュの代名詞テスト内発的動機づけを利用するシステム設計
内発的動機づけを利用するシステム設計
グループでゴルディロックスを促進する
オフサイト・ミーティングの代わりに、フェデックス・デーを設ける
以上